加藤 和彦(かとう かずひこ、1947年3月21日 - )は京都府京都市伏見区出身の音楽プロデューサー、作曲家、ギタリスト、歌手。かつて一時的に Donovan と交友があったことから「トノヴァン」(漢字表記では「殿番」)と呼ばれることが多い。最初の妻は福井ミカ、作詞家の故安井かずみは前々夫人、オペラ歌手の中丸三千繪は前夫人。
東京都立竹台高校卒業後、仏師の祖父の後を継ぐ気持ち半分で伏見深草に戻り、同じく伏見深草にあった仏教系大学龍谷大学に入学。アマチュアフォークグループ「ザ・フォーク・クルセイダーズ」の解散記念に制作したアルバム「ハレンチ・ザ・フォーク・クルセダーズ」中のオリジナル曲『帰って来たヨッパライ』が大ヒットし、北山修の説得に負けて不本意ながらプロの世界に入る。シングル2作目に予定していた『イムジン河』が、政治的配慮から発売禁止にされた。これに憤慨し、イムジン河のメロディを逆回転させて作った曲が『悲しくてやりきれない』であるとする風評もある。これについて端田は「加藤は逆回転させようと言った。確かに逆で聴いても良い曲だった」と1994年のテレビ朝日『驚きもものき20世紀』で証言している。
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